身近なニュース


12月26日(火) 道案内の⇒看板を取り付ける

 8月末にJR尾張森岡駅に「村木砦の戦い」の案内看板が設置されたことを取り上げました。今回、その中の三か所を巡る道案内の矢印看板が設置されました。道が分岐する所に取り付け、駅⇒砦跡⇒飯食場⇒村木神社

⇒駅 への道がより分かるようにしました。

 これを機に多くの方が、織田信長の天下布武への第一歩ともいえる「村木砦の戦い」跡を訪れてくださることを期待したいです。

12月23日(土) 旅してごめん「うどちゃん」東浦へ

 夕方の4時55分メーテレの旅してごめんは、うどちゃんが生路と緒川を訪れました。東浦駅前に立ったうどちゃんは、知多信前から大生紡績へ行く途中、丸章織物のおばあちゃんと会っておしゃべり。おばあちゃんはうどちゃんだけでなくスタッフの分までジュースをサービス。

 おばあちゃんとおしゃべりの後、今度は大生紡績跡へ移動。ここでは大生紡績のおばあちゃんとおしゃべり。次はコミセンへ寄って区長さんと伊久智神社へ、ここでは平野宮司に神社のあれこれ説明を受けました。

次にすぐ近くの原田酒造を見学、ここならではの酒の作り方を聞きました。そして、ここ一番の銘柄の「生道井」と「生路」さらに「伊久智」と文字の違いがあることを知ります。

 その後、中瀬農園で場所を訪ね、ここまで来てくれた車で緒川の「たまご屋あさひ」を訪ねます。放し飼いの鶏の卵は黄身の色が薄いが、卵かけご飯にすると最高にうまい「ごほうびたまご」を食し感激。

 こんな内容で放映されましたが、生路がこんなに取り上げられたのは初めてではないでしょうか。

12月9日(土) 天白遺跡の発掘調査が進んでいます

 久しぶりに緒川の屋敷地区を歩きました。その際に天白遺跡の発掘現場を覗いてきました。噂では人の骨が出たと聞きましたので、郷土資料館に尋ねたところ本当でした。ほかにも勾玉、壺などが出土したそうです。

 調査はほぼ終えており、来年の1月13日には現地で説明会も予定されているそうです。そのため「広報ひがしうら」でお知らせすると聞きました。この機会にぜひ説明を聞きたいものです。

写真説明  下の4枚は16日に訪れた時のものです。この時は作業が行われていました。その時に聞いた話では①弥生時代の壺などが出土している②知多半島でこれだけの規模の発掘はまずないという③面積は5314㎡(5.3反)ほどという。

 三段目右の写真はドローンで撮影した全体です。

 

11月23日 東浦町景観『まちの絵』コンテスト展示会

 展示会は今日が最後と知り、買い物ついでに会場を覗いてきました。イオンの会場は人がパラパラではありましたが、作品を見に来ていました。私は絵を描くのは苦手ですが、鑑賞するには支障はなく全体を眺めてから○○賞のラベルが張られているものを中心に見てきました。子供らしい作品が多い中に、素晴らしいと思える作品も数多く展示されていました。落ち着いた田園風景、藤江神社横の常夜灯、於大のみちの八重桜など素晴らしい風景が描かれて感心しました。

 これらの風景を守りながら、素晴らしい東浦の街づくりが進むことを期待したいです。そのためには多くの人の共感がなければ難しいでしょうから、東浦の自然はもちろん文化・歴史をより多くの人に知ってもらう取り組みが必要だと考えます。

10月7日~8日(日)   第8回 はんだ山車まつり

 5年に一度、半田の誇り31輌の山車が勢ぞろい

 今回は東浦町観光協会のテントにお手伝いで参加しました。二日目の日曜日は好天に恵まれたばかりか、気温も28度くらいにまでなり、とても暑い日になりました。

 JR半田駅から市役所に至る道路は全面交通止めとなり、31輌の山車がさくら会場に向けて順次進みます。12時30分頃にはすべての山車が会場に勢ぞろいします。テントの前を山車が通って会場へ入るので、時々山車の写真も撮りました。頃を見計らって会場を覗きに行きましたが、人ごみにもまれて思うように歩くことはできません。桟敷席の設けられた会場はものすごい熱気に包まれ、31輌の山車が勢ぞろいした光景は圧巻です。

 祭りそのものもすごかったですが、帰りの電車の込み具合もすごかったです。市役所から駅までの道路は人で埋まっており、武豊線でこんなに混雑した光景は初めて見ました。なにしろ切符を買って改札をするのに長い行列ができており、駅員がたくさん出て整理をしていました。これで電車に乗れるかと不安になったほどです、しかし、私が乗った電車はさすがというか、ロングシートの車両でした。

 こうして半田市が一番元気のある日は、静かに幕を閉じていきます。

 

9月23日(土) 傳通院彼岸法要会に参加

 東浦町観光協会は、傳通院及びその周辺の商店街の方々に毎年春の於大まつりに参加して、祭りを盛り上げていただいており、こうした活動に対する答礼は必要と考えています。

 於大の方を通じてつながりのある、傳通院及び同地区との交流を進めることで、本町の観光振興に資するものと考え、傳通院の主な行事に合わせて訪問しています。今年は彼岸法要会に一員として参列してきました。

                 傳通院の本堂と山門

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彼岸法要会に参加
観光協会の一員として参加しました
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8月21日(月) 「村木砦の戦い跡」を巡る案内看板設置

 織田信長が初めて鉄砲を使った、村木砦の戦い跡を巡る案内看板がJR森岡駅に設置されました。このところ認知度も高まりつつある「村木砦の戦い」跡を、森岡駅を出て村木砦跡‥飯喰場‥村木神社を90分で巡る案内です。村木神社にも副看板を設けて、森岡駅までの帰り道とお手洗いの案内をしています。この案内が多くの方に利用していただけることを期待したいものです。

JR森岡駅前の看板              村木神社の看板

 

8月20日(日) 地蔵盆

  生路大踏切のお地蔵さんにブドウ・桃などのお供え物がたくさん並び、のぼり旗が揺れていました。踏切のすぐ隣にあるお地蔵さんは、私が小学校低学年の頃に人身事故があって、その後に安置されました。

きょうが地蔵盆とわかり、あわてて寄付金を持参しました。午後になってから、法要の時間を聞きに行くと、今度は別の役員さんがいました。ちょうどそこへ一人のおばさんが来て、こうした行事のことは分からないというので、生路における行事には生路井‥多賀社など地区の人がお守りしていることを話してあげました。

 夕方の4時から住職の読経が行われました。地蔵盆は親より先になくなった子供が、三途の川の河原でいじめられているのを見た地蔵菩薩様が子供を守ったことに由来しているとか。

 地元の地蔵盆の記録のために写真を撮って帰りました。

 

7月28日(金) 消えた「丁石」

 知多四国88カ所霊場のうち、東浦町内には7番~11番霊場があります。その霊場を回る人のために、主に明治後半、地区の人々により参拝者を導く弘法道しるべが建立されました。「丁石」と呼ばれるもので、およそ109mごとに設置されました。石浜の明徳寺~観音寺~安徳寺への弘法道には、まだ多くの丁石があります。

 つい最近に、生路の観音寺まで一丁を示す丁石がなくなりました。民家ににくっついて設置されていましたが、この家が改築するために撤去されたのです。こうしたことは今後も起こりうると考えられます。やむを得ないことではありますが、寂しいことです。このうえは、これら歴史の生き証人でもある「丁石」の保存管理について、真剣に検討したいものです。

平成28年1月撮影              平成29年7月28日撮影

 

7月27日(木) 星名池の蓮の花

 一週間ほど前の新聞に、星名池の蓮の花が見頃と出ていました。花は8月中旬頃までは見られる、としてありましたので出かけました。これまでも行ったことはあるのですが、北崎の郷中へ入ってから道を間違えて幹線道路に戻ってしまいました。そこで初めてナビを使い、おかしな指示に従ってくねくねと進みなんとか目的地にした「みどり公園」駐車場に到着。隣の星名池まで歩きました。到着して分かりましたが、公園に行く道を少し先まで行くと案内が出ていました。

 蓮の花は盛りを過ぎており、花の数も少ないと思いました。それでも何人かの人が花を見に来ていましたし、カメラを構えていました。つぼみが膨らみ始めたもの、満開を過ぎて花びらが落ち始めたものが多く、今まさに満開という花はきわめて少なかったです。

6月6日(火) オモダカを見つけました

 家の近くの田んぼで「オモダカ」を見つけました。於大の方の水野家の家紋が「沢瀉」ですが、最近はあまり見かけなくなりました。ここの田んぼは農薬をあまり使わないのか、毎年オモダカを見ることが出来ます。でも花の咲いているときには見たことがないので、今年はしっかり観察しようと思っています。水野家の家紋は下の図のように、本家筋と分家筋で少し違います。

5月22日(月)  刈谷市「小堤西池のカキツバタ」

 夕方から刈谷市のカキツバタを見に行きました。刈谷市北部の井ヶ谷町にある「小堤西池」のカキツバタは、京都・大田ノ沢と鳥取・岩美町の唐川と並び、国の天然記念物に指定された日本三大カキツバタ自生地の一つです。日射しが少し和らいだ頃を見計らって行きましたが、それでも数人の人が訪れていました。もちろんカメラを構えている人も二三人いました。しかし、時期が少し遅かったようです、花に勢いがなくてみなしおれかけていました。ちょっと残念!! でも、広い池に自生するカキツバタを、手入れしている皆さんに感謝です。

4月20日(木)  八重桜は生路でも満開

 於大のみちの八重桜は、「ふるさとガイドのPRコーナー」で紹介していますが、八重桜は生路コミセン隣のきり池でも24本のカンザンが満開です。池を取り巻くL字形に赤い花で覆われています。

4月15日(土) 於大まつり

 今年の於大まつりは、新城・設楽原鉄砲隊の登場が一番の売りになっていました。幸いにもそのタイミングで写真撮影ができ、火縄銃の発射シーンを見学できました。祭の時はいつもガイドの活動に参加していて、於大行列をまだ見たことがないので、今回はちょっとよかったです。

4月14日(金) 竹灯籠の明かりが......

 今年も於大まつり前夜に、竹灯籠の会のみなさんによる宵祭りが大勢のお客さんを迎えて開催されました。いつもは竹灯籠の点火が、風が強くて難儀しましたが、今回は風もなくとてもスムースに点火されました。

 真っ赤な太陽が沈む頃、点火が行われました。おだいちゃんの絵が彫られた物、いろいろな模様に彫られた物、数多く並んだ竹灯籠が闇夜に浮かび上がる様は、とても美しく幻想的です。言葉で言うより写真を見ていただきたいです。

3月29日(水) 散歩道の春

 冬の間はどうしても足が向かず、散歩に出ることもありませんでした。最近になってちょこちょこと歩くようになり、今日は久しぶりにいつものコースを歩きました。バイパス沿いの田んぼの風景は、まさしく春になっていました。旧大生紡績の南の外れにある白い木蓮が満開でした、その前を流れる排水路の大きなU字抗には今年もたくさんの鯉がいました。近づくとバシャバシャと音を立てて泳ぎ回ります。

 まさに春の景色です、その先にはツクシがたくさん顔を出しています。田んぼの土手には、いぬふぐりの花、仏の座、レンゲの花も咲いています。さらに、スミレの花も咲いていました。

 そして、田んぼでは一部ですが田起しがされて、きれいに平らにならされていました。早くも田植えの準備が始まろうとしていました。

3月19日(日) 7年に一度のご開帳

 知多四国10番札所として知られる、生路の「福聚山観音寺」においてご本尊である聖観世音菩薩のご開帳の供養が行われました。7年に一度のご開帳のさいには厨子の扉が開かれて、ご本尊のお姿を拝見することができます。右の写真が開帳されたご本尊ですが、少し距離もあり且つ蝋燭が邪魔をして見ずらいですが......

 4月1日には中日法要、4月15日にご閉帳法要が行われます。僧侶による法要が終わると近くでお参りできるようです、7年に一度の機会しかありません、ぜひお参りください。

 

3月17日(金) 雪山を背に梅の花

 三重県いなべ市の農業公園に出かけました。テレビで紹介していたのを見て調べてみると、かなりの規模の梅園が鈴鹿の山並みを背にして、すばらしい眺めであることが分かりました。

 場所を確認して出かけました、思った通りの素晴らしさでした。まだ雪の残る鈴鹿の山並みを背に梅園が広がる様は、とても圧巻でした。以前行ったことのある新城の川売地区の梅は、山間の集落にあってこちらも素晴らしかったことを覚えています。でも、こちらは雄大な景色の中にあるのが素晴らしいです。

 ただ、梅の種類についての紹介は何もありませんでした。少しでも説明があればと思いました。

 

3月13日(月) 大府ふたつ池の「河津桜」満開

 昔の中京女子大学の隣の二つ池に出かけてみました。新聞報道からすこし経過しており、河津桜が満開になっているはず......

曇り空になり細かい雨が落ちてきましたが、ぬれることもありません。そのためか散策する人は数えるほどしかおらず、こんなに素晴らしい桜が眺められるのにと思いました。池の中に設けられた遊歩道は、土手の桜を見物するのに最高のポジションです。

 今わが家の庭でセイヨウミザクラが満開ですが、同じ桜の仲間とは言え花のサイズや色具合は違って、どちらも美しく自然の力に感心します。

 

3月12日(日) おねはん

 昨年は中止になった涅槃会が行われました。子供の頃から「おねはん」と呼んで地元に親しまれてきたこの行事は、この地に春を告げるメインイベントでした。中学の卒業式を終えて、おねはんに直行したものでした。当時の参道は今とは場所も違いますが、未舗装の道にたくさんの屋台が並び、それはまさにお祭りでした。

 そんな祭の主役であった本堂などを焼失したことは、返す返すも残念でなりません。しかし、そんなアクシデントにめげず涅槃会が開催されたことにホットします。再建が順調に進むことを願うものです。

 

3月7日(火) 焼失した文化財修復の寄付を募る

  平成28年3月4日に発生した乾坤院の火災は、本堂・座禅堂をはじめ文化財の堅雄堂が焼失しました。山門も一部被害を受けました。お寺さんが本堂・座禅堂の再建に動き始めています。

 それに呼応して町では焼失した堅雄堂はじめ文化財の修復に向けたプランをまとめ、かかる費用の一部を寄付として募ることになりました。

 家康の母「於大」を生んだ水野家の菩提寺である乾坤院は、東浦を代表する歴史遺産であることに間違いありません。私たちが今できることに町全体として取り組みたいものです。

 

3月1日(水) 咲き誇る枝垂れ梅

 於大公園に枝垂れ梅を見に妻と出かけました。風も無く陽気もよかったのでコンビニに立ち寄り、おにぎりとお茶を購入。まっすぐに梅の所へ向かいました。そんなに人は多くなかったですが、梅の所はカメラを構える人が数人いました。ほぼ満開の梅の間を通り、一段高い場所へ行こうとしましたが、そこはすでに10名ほどの女性たちが腰掛けていました。やむを得ず一番高い場所のベンチに陣取り、おにぎりを食べながら高見の見物を楽しみました。大空の下で食べるおりぎりは、満開の梅を楽しみ、さわやかな陽気に包まれて、とてもおいしかったです。

1月29日(日) 入海神社で文化財消防訓練

 午前10時から恒例の文化財消防訓練が行われました。これは昭和24年の法隆寺金堂の壁画が消失したことを戒めとして、昭和30年から「文化財防火デー」と定めたことによるものです。

 内容はいつもと同じですが、消火器と消火栓の取り扱いを行いました。

私も消火栓の取り扱いを実際に行いましたが、蓋の取り外しはなかなかやっかいでした。ほんとの火事ではなかなか思うように任せないと思いました。また質疑の中で、実際の台所における天ぷら火災の時、まずはガスを止めて蓋をするのが一番良いことも確認できました。

1月15日(日)      朝は白銀の世界に

 昨日の夕方から小雪がちらついていましたが、寝る前には少し積もっていました。それが今朝は辺り一面が真っ白で、白銀の世界に変わっていました。これだけ積もっていると、普段は見られないだけに美しく感動します。

 でも今日も大学センター試験があるなど、あちこちで混乱するに違いない。これだけ積もるのも久しぶりなので、積雪を計ってみたら通路では4cmとか6cm。でもプランターは11cmもありました。