身近なニュース

3月9日9(土) 町主催の「まちめぐりウオーキング」

 歴し・福し・楽し 生路撮りっ歩と名打った催しが町と福祉協議会の主催で行われました。普段はなかなか見ることがない福祉施設をのぞき知ってもらおうと企画されたもので、昨年の石浜に続き実施されました。ボランティアのふるさとガイド、でじ「カメの会」が協力して史跡の案内と写真の撮り方をアドバイスしました。参加者22名とボランティア、スタッフなど合計40名ほどでまちめぐりを楽しみました。

 今回のコースと目玉は次のようなものです。

①コース

 コミセン---天満宮---伊久智神社---神後院---生路井---原田酒造の見学---

 あいあい生路---ベティさんの家---フィロス---大生紡績跡---コミセン

②目玉

 ・酒蔵見学と試飲---1855年創業の原田酒造は、町内唯一の酒蔵で現

  在「生道井」「衣ケ浦若水」などを一升瓶にして年間4万本程生産し

  ています。

 ・大生紡績跡---織物業を営むのは町内で1軒のみとなりましたが、産業

  遺産として今も形をとどめています。主である神谷町長の説明では

  今も時々見学の問い合わせがあるそうです。

上段2枚---原田酒造さん

下段2枚---大生紡績さん、左の写真の建物が一番古いもの。右は映画撮影に使われた場所

 

3月1日(金) 郷土資料館リニュアールオープン

 東浦町郷土資料館は平成11年11月1日に開館しました。それ以来初めて大々的に模様替えが行われ3月1日にオープンしました。これまでは入館すると於大の方の像が目に入るのが一番の特徴で、入海貝塚の様子や大きな岩塩が目を引いていました。今回は東浦の歴史が年代を追って分かるように、横長の説明コーナーが配置されました。そして、特徴的な事柄について於大の方、水野家と村木砦の戦いのパネルがあり、生路の三白の中で綿織物の小型織機が展示されました。

 全体にすっきりした配置・展示になったと思います。これからもさらに改善されることを期待したいと思います。

上の左の写真は焼失した堅雄堂1/10の模型と、屋根の頂部にあった宝珠瓦。右は時代の流れと東浦の出来事を示す横長の表です。

展示された小幅織機           焼失した堅雄堂の屋根の頂部にあった宝珠瓦

1月27日(日) 村木神社で文化財消防訓練

 午前10時から恒例の文化財消防訓練が行われました。これは昭和24年の法隆寺金堂の壁画が消失したことを戒めとして、昭和30年からこの日を「文化財防火デー」と定めたことによるものです。

 内容はいつもと同じですが、今回は神社関係の皆さんが大勢参加しているのに気が付きました。オマントまつりが町指定の文化財になっていることが、取り組み姿勢に現れているようです。訓練内容はいつもと変わりませんが、消火器と消火栓の取り扱いを行いました。

 火災については、町の広報でも「火の取り扱い注意」は繰り返し行われています。が、一つ腑に落ちないのは、すぐには分からないけれども火災の原因について、丁寧に知らせることが欠けています。つまり、いざという時の行動訓練は大切ですが、その前に何故火災になったかを周知させることが必要です。その原因を繰り返し知らせることが大切なことです。

 

1月20日(日)  半田にあった「日本初の民営弱者救済所」

   榊原亀三郎が鴉根に作った、弱者救済所を知ってもらおう

 はんだ郷土史研究会と榊原弱者救済所跡保存会が、それぞれ15周年と5周年を記念して記念事業が開催されました。

 その内容は榊原亀三郎が、30年にわたり15.000人もの社会的弱者を救った日本初の、日本最大の民営弱者救済施設を、広く皆さんに知ってもらうものです。

 その目玉は、この亀三郎の心意気に感じ入った講談師「一龍齋貞花」による、榊原亀三郎物語です。その前座には津軽三味線・コーラス・和太鼓の演奏もありました。

ただ、私にはちょっと気に入らなかったのは、式典が長すぎたことです。

榊原亀三郎と弱者救済所

 明治32年ころから昭和7年ごろまで、今の半田市鴉根町の丘に榊原弱者救済所がありました。66.000坪に宿舎、武道場、礼拝施設があり、畑、牧場、果樹園があり、50人から100人が程が暮らしていました。

 ここで暮らしていたのは、貧しさのため捨てられた子供、孤児。病気などで家を出された老人、刑期を終えたものの行き場のない出獄者。そんな人たちが世間からいやな目で見られず、差別や偏見を受けずに暮らせる「しあわせの村」でした。主催者の榊原亀三郎は成岩町生まれで、若いころは暴れん坊で侠客の道に入ったこともありました。しかし、30歳の時に心を改めると、30人の子分たちも改心させて、鴉根の丘に「新しい村」を作りました。

       下は津軽三味線とコーラスのみなさん

12月24日(月)    「水野家四代の墓所」を清掃しました

 年の瀬のあわただしい12月24日朝9時、観光協会役員とふるさとガイドの有志が集まって乾坤院にある『水野家4代の墓所』の清掃をしました。

 平成28年3月4日の火災以降は、お堂の再建工事の関係で4代の墓所まで行くことが叶いませんでした。そのため火災による汚れや、ツルや落ち葉がうずたかく積もっていました。それらをかたずけてすっきりさせることが出来ました。それと今回は水野宗家(福山結城水野家)20代当主、水野勝之様の三女節子さんもご一緒していただきました。本堂の再建も来年春には終えて、新しいお寺さんでお参りが出来るようになります。東浦町指定文化財でもある水野家4代の墓所も、多くの方にお参りしていただけるように常々心がけたいものです。

前列中央が水野節子さん

11月11日(日)    秋の企画展「すごいぞ、知多の酒」

 10月20日~11月25日にかけて東浦町郷土資料館にて、見出しの企画展が開催されています。

産業まつりを終えてから立ち寄りましたが、知多半島の酒作りの全貌が展示された素晴らしい内容でした。

 現在の東浦では原田酒造1軒のみとなった酒蔵ですが、江戸時代の酒造りは東浦の緒川が始まりだったといいます。原田酒造さんは安政2年(1855)原田徳右エ門さんにより創業。知多の酒造りは漢文5年(1665)の記録によると知多郡には114件の酒造がありました。特に緒川の塚本源左衛門は最も多い2750石もの酒造を行っていました。

 当時はやった俗謡に、知多地方の三大酒造家がうたわれています。「半田半六、緒川じゃ源左、鳴海下の町千代蔵よ」.....つまり、半田の中野半六、緒川の塚本源左衛門、鳴海の下郷家千代倉がうたわれています。

 上の写真のように、東浦では緒川・石浜・藤江で酒作りが行われていました。

10月28日(日) 生路で津波・地震防災訓練

 愛知県と東浦町の津波・地震防災訓練が生路で開催されました。

きょうは同年会が午前中に、午後からはふるさと散歩藤江が開催される日と重なりました。が、時間の許す限り防災訓練と同年会に出席しました。

 前田南公園の西隣の広場が開会式の会場となり、知事や町長の挨            

拶のあと身を守る姿勢をとる練習をしました。案内の資料には「シェイクアウト訓練」と記されていましたが、意味が分かりません。辞書で調べてもシェイクは分かるも、そこまでしか分かりませんでした。カタカナを使うにしても大多数の人が解るにするべきであり。町の広報としては失格です。その場になって、どうやら身を守る姿勢をとることと分かりましたが、最近とみにカタカナが増えており、やたら専門用語を使うのはやめてもらいたいと思います。 

 この後小学校まで移動して、避難所生活となった時を想定して幾つかの指導で訓練をしました。まずはエコノミー症候群対策として、足首を伸ばしたり指の運動など教えてもらいました。次に毛布1枚で有効な防寒対策ができるような使い方、風呂敷の有効な使い方などを教わりました。私も真っ先に毛布の使い方を実際に試してみました。やってみてなるほどと納得することが出来ました。

10月14日(日) 藤江の祭礼「だんつく」

 藤江地区祭礼は雨上がりのさわやかなお天気になりました。今年も「だんつく」を少しだけ見てきました。特設の縁台の周りを皆さんが囲み、多くの人がカメラを構え、テレビカメラも来ていたようです。

 それでも時間が時間なのか、見物する人はそんなに多くはありません。ちょっと寂しいですが...そもそもこの踊りは、昔は農作中心の暮らしの中で「水」が作物の出来不出来を左右するため、「雨ごい」をしたのが起源と言われます。つまりは、豊作を願うものです。

 そんな踊りは「恋歌仙」「膝折」「隠獅子」の三部からなっています。きわめて単調な踊りが1時間ほど続きます、もう少し短縮しても良いのではと思うのですが...受け継いできた伝統は勝手に変えられないということでしょうか。

 この踊りを見てどれだけの人が、県指定の民俗文化財と認識しているでしょうか。

 柵の外に駆馬で走る馬が数頭つながれていました、祭りを盛り上げる馬たちもご苦労さんです。そして、神社の近くの遊休地にはコスモスの花がきれいに咲きそろい、青い空が広がっていました。

9月24日(月) 善導寺で十五夜コンサート

 初めて十五夜コンサートに行ってきました。ガイド仲間からお誘いもあり、18:30ころにお寺につくと階段から本堂まで竹灯籠の淡い光が照らしていました。このような場所で、暗闇に浮かび上がる灯りはとても美しいです。

 本堂の前にもたくさんの明かりがあって、本堂内も金色に輝いていました。このコンサートの歴史はかなり古いもので、10回位になるらしい。住職のあいさつでそれらしいことが聞き取れました。帰ってからお寺さんの「善導寺だより」をくくって見ると、平成25年のものに「昨年は台風で中止になりましたが、今年は9月19日に」と記載されていました。肝心のコンサートはお琴と尺八の合奏を聞きました、中秋の名月はあいにく雲間に隠れていましたが、秋らしい風情と古典音楽を楽しむことが出来ました。

 昔はお寺さんが地域の中心だったと思いますが、今、このような企画がされることは素晴らしいことだと思います。それにしても、ボランティアのみなさん、演奏者の方ご苦労様でした。

9月23日(日) 五ケ村虫供養

 今年の虫供養は生路地区で開催されました。他地区ではお寺さんを会場に行われてきましたが、生路地区はコミセンで行われました。この行事は元々お寺さんの行事ではありませんが、僧侶が阿弥陀様にお経を唱えることから勘違いしやすいのです。

 

 私も今回初めてきちんとお参りしました。作法として、野外の大塔婆から白布が阿弥陀様に結ばれていて、会場に入るときにこの白布に触れてから入ります。6幅の阿弥陀様のお参りする順番は決まりがあるわけではないというので、虫供養の本尊様次に生路地区の阿弥陀様とお参りしました。

9月3日(月) 21号は歓迎できない超大型台風

 数日前からの台風情報は、25年ぶりの大型台風という。7月の時には雨が欲しくてぜひ台風に来てほしかった、でも、こんな超大型の台風はかなわない。しかし、近畿から東海にかけて上陸するのはほぼ間違いなさそうだ。

 なのに、報道では「上陸するおそれがあります...」と表現している。これは何故だろう、現代の予報技術からすれば「上陸するものと思われます」とか、「上陸は避けられそうにありません」というべきと思う。

おそれがあります...では上陸しないかもしれません、と、言っているに等しい。避難指示、避難警報の時にさんざん話題になったのに...?

 

7月25日(水) 台風よ来てくれ!

 猛暑が続き、地球はどうなったのかと思う。雨は降らず畑もカラカラだ、それでも雑草だけはどんどん成長するから不思議だ。最近は「夕立」がなくなったらしい。

40度近い気温が続いては何もやる気がしない。せめて雨が降ってくれればと思うのだが、その雨は降る気配すらない。

 そこに天の恵みか!台風情報が、それも中部地方に向かう中規模のようなのだ。願ってもない台風様様だ。この程度の台風ならぜひ来てほしい。中国地方には影響しないのであれば大歓迎である。これまでに台風情報に接してこんなにうれしい気持ちになったことはない。神様、どうか12号台風がこの程度のままで中部地方に来るように、お願いします。

 

7月22日(日) 初めての「おだいちゃん検定」に49人

 東浦町で初めてのふるさと検定「東浦おだいちゃん検定」が、午前10時に勤労福祉会館で行われました。当初54名の申し込みがありましたが、受験されたのは49名でした。ここ最近の猛暑も影響したのでしょうか!。開始前にはメディアスさんより、主催者の観光協会会長にインタビューがありました。中日新聞からも記者さんが取材に来てくれました。

 受験者に問題について出口調査をしたところ、「なかなか難しかった」という声が多かったです。その一方、問題の誤字を指摘いただくなど受験者の皆さんはなかなか冷静であったと感じました。

 今回の結果については7月末に各人宛にお知らせします。同時に、観光協会としては今回の取り組みをきちんと評価して、その後につなげていくことにしています。

6月9日(土) うのはな館企画展「大昔の村の跡」

 郷土資料館で大昔の村の跡「天白遺跡」からの、出土品などの展示が始まりました。発掘調査を終えて埋め戻される前に、現地での説明会も行われましたが、今回はその結果をまとめて展示がされました。

 出土品の展示のほかに遺跡の全体と、時代ごとの説明をつけたパネルが

多く並んでいます。下手な説明を聞くよりもぜひ一度ご覧になることをお勧めします。

5月13日(日) 108人が聴講した水野氏講座

 これまでの講座は募集人員が30名ほどで、申しこんでも断れることがあったことから、会場を文化センターに変更して開催されました。その結果108名が受講し大盛況でした。そのため観光協会が主催する東浦おだいちゃん検定のPRも行われ、町制70周年記念企画の出だしを飾るものとなりました。

 肝心の講座内容は手元の資料とお話だけのため、かなり難解でした。しかし、「於大の時代の水野一門」の内容はこれまで聞く機会も少なく、とてもよかったです。

会場一杯の受講生と愛知大学山田邦明教授

4月23日(月) 藤の花も満開です

 写真を撮るのを忘れていました。八重桜の開花が早いだけではなく、藤の花も早くから咲きました。かなり前からきれいに咲きそろっています。

切池の八重桜とここ、大踏切からコミセンへ行く途中の崖の藤の花は、今では名所の一つです。でも、この花は人の手で植えられたものとは思えませんが.....ほんとはどうなんでしょうか?

4月20日・21日(土)      於大まつり&宵祭り

 20日の夕方は風もなく美しい夕焼けが空を染めました。明徳寺川沿いの於大のみちで、今年も於大まつりの前夜祭「宵祭り」が竹灯籠の会の皆さんによって行われました。さらに、今年は商工会のみなさんによる「提灯行列」も行われました。そして、屋台も出て祭り気分をこれまでになく盛り上がげてくれました。

 竹灯籠は桜橋から再会広場までLEDの灯篭がずらりと並び、ほとんど散りかけた八重桜ではありましたが、名残り花をいつくしむ雰囲気を醸し出していました。また、再会広場ではたくさんの竹灯籠が並び、LEDの灯りで美しい模様が映し出されてまさに宵祭りといえるものでした。

 

快晴に恵まれた於大まつり

 

 ふるさとガイドは今年も乾坤院山門・三代の墓と森岡の村木神社で、みなさんにガイドをしました。さすがにJRウオーキングの参加者は大変な人数で、祭りを盛り上げてくれました。

 それぞれがガイドを担当しましたので、まつりの詳細は把握していませんが公園内は武者姿の人、姫の衣装の人、華やかな和服のお姉さんなどが

いやがうえにも祭り気分を引き立ててくれます。ステージで式典も終わり

記念撮影の時には遠くから写真を撮りました。

 また、三代の墓でガイドをしているときに、徳川宗家18代当主の徳川恒孝氏の令嬢典子さまと水野家20代当主水野勝之氏が立ち寄られ、三代の墓にお参りをしていただきました。なんでも三代の墓にお参りされるのは初めてとのことでした。そんな時にご案内が出来てとてもよかったです。

 行列を終えた武者たちと記念撮影をする於大姫たちです。下段左は水野家と徳川家の皆さんに三代の墓の案内をしました。今回は新城鉄砲隊の演武が見られなかったのが残念でした。下段の2枚はブログ「つれづれ」よりお借りしました。

 

4月9日(月) すでに満開!! 於大のみちの八重桜

 八重桜の花が満開らしいというので於大の道へ出かけました。カーブしながら流れる明徳寺川沿いの八重桜は、東浦を代表するこの時期のビューポイントです。多くの人たちが散策をしていました、この時期花を愛でながらうららかな小道を歩くことは、心の休まるひと時です。

 坊主橋まで歩きコンビニでコーヒーを買って、飲みながら桜橋までを散策しました。八重桜はどの花も満開といえる咲き具合でした。この分では21日の於大祭りは葉桜を見ることになりそうです。

 

2月18日(日) ローマ法王に米を食べさせた男

 東浦町文化センターにおいて、見出しの言葉で有名なスーパー公務員『高野誠鮮氏』の講演がありました。以前に本は読んだことがあり、この方を知っていました。ものすごい人だなという印象があり、せっかくの機会なので出かけました。

 話は本で読んだことと同じ内容であったと思います。それにしても、間を置くことなく喋り続けること、ものすごい迫力でした。

 講師のお話はいずれももっともなことばかりで、その基本にあるのは『やってみなければわからない!  挑戦をするから失敗する』という考えです。しごくもっともなことで、まったく同感であります。町長はじめ役場職員の人も聴講していましたが、職員は別に職員の教育という観点でお話を聞くそうです。このお話を聞いて役場職員の対応に変化が生まれるのでしょうか。というのも、高野氏はあちこちで講演をしていると思いますし、本も出されています。ですが、あちこちのお役所の対応が様変わりしたというニュースは聞きません。理想と現実と言えばそれまでかもしれませんが神谷町長のもとで大きく変身してほしいものと思います。

 パワーポイントの画面を写真に撮りました。これだけを見ても何を言わんとしているのか、感じとることができるのではないでしょうか。

2月13日(火) お雛さま

 今年も郷土資料館でお雛さまが展示されています。立ち寄った際に覗いてきました。入った正面には、平成時代の立派な段飾りが置かれています。右手には昔のそれも江戸時代のお雛さまが飾られており、立派な作りと美しさは今見ても素晴らしいものです。

 40年ほど昔にはわが家も飾ったことがありますが、最近では住宅事情もあり大きな段飾りは少なくなったとか、時が流れたとはいえお雛さまを飾る風習は、今も私たちの心に子供の成長と世の中の安寧を祈りたいものです。

左は現在のお雛様、右と下段右は江戸時代のお雛様。下段左はつるし雛。

1月28日(日) 伊久智神社で「湯立神事」

 写真は28日午前に伊久智神社で行われた「湯立神事」の様子です。

 湯立神事は湯立神楽とも呼ばれるそうです。神前に大きなお釜を置きお湯を沸かし、釜の熱湯に笹を浸して周りの人に振りかける儀礼を「湯立」といいます。拝殿の前には大きなお釜が置かれて、氏子や神楽のみなさんが大勢集まっていました。

 御祈祷の後に、写真のような儀式が行われるものです。笹を熱湯に浸して周りの人に振りかけます。これは、無病息災・家内安全をお祈りするのです。このお湯にはお神酒も入っていて、神事が終わるとこの水を持ち帰り、家の前に振りかけてお祓いをします。

 伊久智神社では明治の初めまでこの神事が執り行われていましたが、近年は行われていませんでした。それを昨年から復活したのです。

1月25日(木) 全国産業観光フォーラム

 午後から半田市福祉文化会館において、全国産業観光フォーラムが『愛知県観光交流サミットin半田』と併せて開催されました。

 お役所の主催するものだけに式典に1時間ちかくをかけていました。中身には関心がありましたので、式典の終わるころに会場へ入り、ミツカンの記念講演・事例報告を聞き、その後のパネルディスカッションを聞いてきました。まだその後に元JR東海の社長を務められた須田寛氏のお話がありましたが、以前大府商工会議所主催の講演会でお話を聞いたこともあり中座しました。事例発表の中身はいずれも仕事が順調に展開し、そのことを地域の活性化に結び付けているものでした。

 つまり、産業観光という特別なものを創ったということではなく、お菓子作り、味噌たまりづくりを、より皆さんに知ってもらうことで人が集まってくるようになった、というものです。そのことは、食べる、買うだけでなく、どのようにして作られるのか勉強する、どのようにして作るのか体験することを通して、人々の暮らしをより豊かにすることに貢献しています。つまり、地元にある産業をより多くの人に知ってもらうことが地域を元気にすることになり、それこそが産業観光と言えます。

1月21日(日) 藤江神社で文化財消防訓練

 9時30分に集合して文化財消防訓練が行われました。神社関係者、地区防災、氏子、文化財保護委員会やふるさとガイドの皆さんが参加しました。訓練内容はいつもと同じでしたが、一つ思ったのはこの機会に地区の消化施設の確認点検を実施したらよいと思います。

 というのも、藤江神社の消化器ボックスの扉が破損していて開かなかったのです。こんな機会にどこにあるのか、確認しながら点検するとよいと思いました。

1月13日(土) 天白遺跡の説明会

 『広報ひがしうら』に案内が載った『天白遺跡の説明会』に出かけました。先回訪れた遺跡跡に行くと、すでにたくさんの人が集まっていて、みなさん関心の高いことがうかがわれました。教育長のあいさつ・課長の説明や担当者として郷土資料館の楠さんが具体的な説明もしてくれましたが、みなさんそれぞれの話もしておりさっぱり分かりませんでした。ごめんなさい...会場には伊藤衆議院議員・河合県議をはじめ、神谷町長も来ており、とても賑やかな様子でした。

 今回は出土した壺、土器それに小さな勾玉が一つ展示されているのが興味を引きました。作業に携わった方の話では、これだけの規模だと発掘は2年ほどかかるが、今回は日程を切られていることから極めて短期間での発掘となり、機械であらかた掘り出してからの手作業であり、見逃した品々も多くあるだろう...とのことでした。

 たくさんの住居跡や発掘された品々を前にすると、東浦の歴史に感慨ぶかいものがあります。でも、これがすぐに埋め戻されてしまうと聞き、ちょっと残念です。