東浦の各地区を紹介します

於大公園の鬼ハス
於大公園の鬼ハス


今も営業する「弘法宿」

 ふるさと散歩「弘法道」を企画するに当たり,生路と藤江の弘法宿について調べてみました。生路の弘法宿はこれまで聞いたことがありません。それでも長老の長坂外徳さんに尋ねましたら、昭和の初め切り池の近くに「ちかすえ」という名前の宿があったそうです。春のシーズンには呼び込みをしていたと言います。場所はコミセンの南 今も営業する丸登屋で、弘法道沿いの角と分かりました。                藤江は門前屋と丸登屋の2軒あり、そのうち丸登屋は今も営業しています。石浜3軒、緒川には林屋・吉野屋・十六屋の3軒、森岡にも1軒ありました。

「丸登屋さんの生い立ち」

 93歳になるおばあちゃんのお話しを聞くことができました。お話しによりますと、昭和の初めシーズンにはたくさんのお参りでにぎわったそうです。当時、藤江に宿はなく駐在に宿はないか尋ねる人が多くいたそうです。そのため駐在さんが、「お前さんのとこは家が大きいから宿屋をしたら」と勧められたのがきっかけとか。

泊まり客の変遷」

 昭和の初めは弘法参りの人たちでにぎわった。その後は富山の薬売り、島根のボタン売りのおばちゃんなど。その次には機屋関係の人たちが多かった。伊勢湾台風のときは機械修理などの人たちがたくさん利用したそうです。

 和風旅館として今後も営業を続けてほしいものです。

 

 

於大の道の「八重桜」

 4月の第3土曜日には、東浦町のメインイベントである「於大まつり」が行われます。6歳の於大が刈谷城に移ったことにちなみ、6歳の女児がふんする於大姫や、水野家の侍たちが甲冑姿で明徳寺川の堤防である、於大の道を練り歩きます。このころには堤に沿って植えられた600本の八重桜が咲き誇り、一大絵巻を繰り広げます。ぜひご覧になってください、のどかな田園と川面に映る八重桜を堪能することができます。


織田信長が今川軍と戦った「村木砦跡」

 桶狭間(1560)の戦いはよく知られていますが、それより6年も前に水野信元の要請を受けた信長は、初めて鉄砲を使って村木砦の戦いで今川軍を破りました。これにより信長は、各織田家からも一目置かれ、織田家をまとめることができたのです。したがって、織田信長の天下ふぶはここから始まったとも言えます.....

                    鎧の会の協力をいただき、砦跡でガイド


水野家の居城「緒川城跡」

 水野貞守が緒川城を築いたのは1475年頃。7代目城主となった水野分長は、1601年に一万石の緒川藩初代藩主となりました。しかし、1606年新城へ移り廃城となりました。水野家の歴史では4代目の水野忠政が刈谷にも城を築き、勢力を拡大しました。その娘「於だい」が岡崎の松平広忠に嫁ぎ、生まれたのが徳川家康です。言って見れば、徳川幕府の出発地だったとも言えます。

                       一部が残る土塁でお客さんに説明


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村の古老に聞く
恵比寿松はどのあたりにあったか
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昔の生路小学校
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虫供養
400年の歴史を持つ行事
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緒川新田を歩く
急速に発展する地域の...
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唐治屋敷の常夜灯
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村木砦跡
織田信長・水野信元が今川軍と...
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城下町「緒川」
知られざる緒川の姿...
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旧日高邸
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鋸屋根の工場
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藤江の渡し跡
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石浜の散策
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明光寺の13仏を案内
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